
アイヌ語研究で知られる日本の言語学者、民俗学者。
岩手県盛岡市出身。國學院大學教授を経て東京帝国大学教授、國學院大學名誉教授。日本学士院会員。東京帝国大学より文学博士。文化勲章受章。従三位勲一等。盛岡市名誉市民。石川啄木の親友であったことでも知られる。
アイヌ語の実地探査を行い、アイヌ語・アイヌ文学の研究に専心した。著「アイヌ叙事詩ユーカラの研究」「国語音韻論」ほか、編「辞海」など。

金田一の名を広く一般家庭にまで広めたのが『明解国語辞典』だが、「金田一京助 編」と表紙に書かれたこの辞書に金田一本人はほとんど関与していない。同辞書は東京帝国大学大学院に在学中の見坊豪紀がほぼ独力で編纂したもので、しかし院生の名で辞書を出すわけにもゆかず、金田一の名を借りることにした。京助の長男の金田一春彦曰く「お人好しゆえあちこちに名前を貸しただけ」とのことで、実際には辞書は一冊も手がけていないという。
金田一がアイヌ語の研究を始めた頃は、言語学の聞き取り調査では最も重要な言葉の一つである「ここは何処?」ですら何と言うのかよく分らない有様だった。そこで金田一は思案の末、訳の分からない絵を描いた紙をアイヌ人に見せ、その反応から「何?」という言葉を聞き出すことに成功。ここから膨大なアイヌ語の単語を一つひとつ聞き取り調査で記録するという地道な事業がスタートした。当時はアイヌ民族は和人よりも劣った民族であると教え込まれていたが、金田一は「あなた方の文化は、けして劣ったものなどではない」と、真摯に接した。
「金田一京助」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2010年1月13日 (水) 19:40 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org/wiki/金田一京助
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