1906年、山梨県に生まれる。俗名:文明(ふみあき)。
日本の宗教家で新興宗教真如苑の開祖。
小学校に通う頃から父に生家に伝わる「甲陽流病筮抄」という易書を教えられる。
上京し航空技術者として働いていたが、1935年、運慶作と伝わる不動明王を自宅に迎え、
翌年、妻伊藤友司と共に宗教活動に専従する。
1936年伊藤真乗は真言宗醍醐派総本山の醍醐寺で得度受戒し、
1939年には恵印灌頂を、1943年には金胎両部伝法灌頂を畢えて大阿闍梨となるが、
醍醐寺の座主を目指すことなく立川不動尊教会を設立する。
真如苑教祖。
1948年、真言密教に修験道を加えた教義をもつまこと教団を創立し教主となる。
1952年、真如苑と改め、真乗が教主に、友司が苑主に就任した。
(参考文献:コンサイス 日本人名事典・ウィキペディア(Wikipedia))
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